貞操帯の歴史
「かの有名な「貞操帯」が、浮気を防げなかった理由」
世界史に登場する「十字軍」は、11世紀から13世紀にかけて、キリスト教の聖地であるエルサレムをイスラム教徒から奪還するために組織された軍隊です。
ヨーロッパ各地から融資の騎士達が参加し、編成された軍隊でしたが、この「貞操帯」は、この十字軍の最大の副産物なのです。
ヨーロッパから中東まで遠征するわけで、その期間は五年から10年にも及ぶことがありました。
そのため、騎士達は遠征に出るとき、金属製のバンドを妻の下半身にはめ、妻の貞操を守ろうとしました。
カギをかけて、そのカギをもって戦いに赴いたのです。
しかし、この貞操帯はほとんどの場合、亭主達が期待したような効果をおさめることはできませんでした。
貞操帯を製造したのは、鍛冶屋の職人達でしたが、多くの妻は亭主が遠征にでると、すぐに鍛冶屋に合い鍵を作らせたそうです。
こんなフランス小話もあります。
遠征に出かけるきしが親友に言いました。
「これが貞操帯のカギだ。もし、わたしが五年間たっても帰ってこなければ、君が使ってくれ」
すると、数日して友人が騎士を追いかけてきました。
「どうしたんだ?」
「いやぁ、このカギどうも合わないみたいでね」
ですが、妻達が合い鍵を作ったのは、浮気のためではなかったのです。
5年も10年物間、金属製のバンドを下半身につけていることは、拷問に等しいからです。
そこで、不倫目的ではなくとも、貞操帯を外し、亭主が帰ってくると言う噂を聞くと、慌ててはめる女性も多かったようです。
貞操帯は、現実にはあまり役に立たなかったわけですが、現代でも、SMプレイ用の小道具としての製造が続いています。